歪んだ鏡像: 数学と依存と痛みと

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

空はどんよりと曇り、雨が降り出しそうだった。17歳の、湊斗(みなと)は、傘もささずに駅のホームに立っていた。手に握られているのは、数IIの教科書。開いても、記号の羅列がただの模様にしか見えない。
今日は、塾の模試の日だ。数学が得意なにとって、模試は腕試しのはずだった。なのに、どうしてこんなにも心が重いのだろう。
(あの時の笑顔…)。湊斗は、ふと数日前の光景を思い出した。
「湊斗君、これ、難しかったでしょ? 私、全然わからなくて…」
隣の席の彼女優花(ゆうか)が、上目遣いにを見上げてくる。その目は、助けを求める子犬のようだった。
優花は、いつもに頼ってくる。宿題、進路相談、他愛もないおしゃべり… 彼女の生活のほとんどに、が関わっていると言っても過言ではない。
(…これが、依存なのかな?)。
初めて優花に会った時、湊斗は、その無邪気な笑顔に心を奪われた。恋愛経験などなかったにとって、優花の存在は眩しすぎた。しかし、彼女と過ごす時間が増えるにつれて、の心には、複雑な感情が渦巻き始める。
優花は、の優しさに甘えているだけなのではないか? 彼女は、本当にのことを好意的に思っているのだろうか? そんな疑念が、日増しに大きくなっていく。
模試の会場に着くと、は、自分の席に座った。鉛筆を持つ手が、震えている。問題用紙が配られたが、文字がぼやけてよく見えない。集中しようとすればするほど、優花の笑顔が頭に浮かんでくる。
(…ダメだ)。は、鉛筆を置いた。今、数学のことなんて考えられない。優花のこと、そして、自分の気持ち… それらを整理しないと、何もかもが中途半端になってしまう。
試験会場を抜け出し、は、人気のない公園に向かった。ベンチに座り込み、深呼吸をする。それでも、心のざわつきは収まらない。
は、優花に何をしてあげられるんだろう?)。彼女の役に立ちたい。彼女を喜ばせたい。その一心で、は、自分の時間を、自分の夢を、犠牲にしてきた。でも、本当にそれでいいのだろうか?
ある夜、は、自分の腕にカッターナイフを当てていた。浅い傷が、いくつも重なっている。自傷行為。心の痛みを、物理的な痛みに置き換えることで、一時的に解放された気になる。
(…こんなこと、やめないと)。は、そう思いながらも、カッターを手放せない。まるで、依存症のように、自傷行為に囚われている。
「湊斗君…? どうしてここにいるの?」
声に驚き、は顔を上げた。そこに立っていたのは、優花だった。傘をさし、心配そうな顔でを見つめている。
「優花… どうして、がここにいるって…?」
「だって、連絡しても全然繋がらないし… もしかしたら、ここにいるんじゃないかって…」
優花は、ゆっくりとに近づき、隣に腰掛けた。そして、の腕に巻かれた包帯に気づいた。
「これ… どうしたの…?」
優花の目に、涙が浮かんでいる。は、視線を逸らした。彼女に、自分の情けない姿を見られたくなかった。
「…何でもないよ。ちょっと、転んだだけ」
嘘だ。すぐにバレるとわかっていたが、他に言葉が見つからなかった。
優花は、の腕をそっと掴んだ。「嘘だ… 湊斗君… 何か、悩んでいることがあるんでしょ?」
は、俯いたまま、何も言えなかった。言葉を紡ぐことができなかった。
「…私、湊斗君に、いつも頼ってばかりで、ごめんね。でも、湊斗君が辛い時、私も一緒に支えたいの。だから… 話して」
優花の言葉は、の胸に深く突き刺さった。依存されていると思っていたは、いつの間にか、優花に依存していたのかもしれない。彼女の笑顔、彼女の存在に、は救いを求めていた。
「…… は…」は、震える声で、自分の悩みを、苦しみを、優花に打ち明けた。優花は、一言も口を挟まず、ただ静かに、の話を聞いてくれた。
話し終えると、の心は、少し軽くなった気がした。優花の温かい手が、の腕を包み込んでいる。その優しさに、は、救われた。
「…ありがとう、優花」
優花は、微笑んだ。「は、友達でしょ? 友達だから、助け合うのは当たり前だよ」
(友達…)。その言葉に、は、少し戸惑った。恋愛感情を抱いていたにとって、「友達」という言葉は、少し寂しく感じられた。
でも、今は、それでいい。は、優花との関係を、ゆっくりと育てていきたい。まずは、お互いを理解し、尊重し合える関係を築くことから始めよう。
雨が止み、空には、一筋の光が差し込んでいた。は、優花と並んで立ち上がり、駅へと向かった。明日から、また、新しいとして、数学と向き合っていこう。
(数学を好きになるのも、依存体質から抜け出すのも簡単なことではない。けど、優花と一緒に、少しずつ前に進んでいける気がした。)
でも、心の中に湧き上がった恋愛感情。今は小さな芽生えだけど、それがいつか大きな木になるのかもしれない。湊斗はそっと願った。